脂肪が揺れる音《LUDIONS》

エリック・サティの歌曲を歌うと、思いがけない音が聞こえてくることがある。

「湿ったカエルの着地」の音、「異様に滑り止めの効いた靴で歩いた時に感じる質感」の音、挙げればきりがないのだが、その中のひとつが、この「脂肪の揺れる音」である。

《潜水人形》という曲集の3曲目〈アメリカンヒキガエル〉という曲で確かにその「脂肪の揺れる音」がある。歌が始まって少しすると聞こえてくる。私はこの音を演奏しながら感じるのが、いつもとても楽しみだ。

でも、気を付けてほしいのが、テンポ設定を間違えると途端に「脂肪の揺れる音」は聞こえなくなるのだ。

曲の冒頭に、「マーチの動き」という指示がある。4分の2拍子でマーチ=行進曲なので、基本的に歩ける速さで演奏ということになる。

だが、前奏がかなり厄介で、どう考えても絶対歩けないような調子はずれのリズムなのだ。

どう考えても違和感がある。

つまづいたり、足が少しもつれたり、なんだか少しひざが痛いけど行進させられてる感じの前奏なのだ。

この前奏を演奏者が読み違えて早く演奏してしまうと、もう「脂肪の揺れる音」は再現できない。

しっかりそこを肝に銘じておかなくてはならない。

うまくいくと、冷蔵庫級の大きな女性の脂肪の揺れが再現できることもある。

次のフレーズでは、それまで動きはじめであっちこっち揺れていた脂肪が、揺れの方向をつかんで一斉にぷるんぷるんと波を打つ。腰ふりが少し変わった、ただそれだけといった風。

この曲《アメリカンヒキガエル》の詩を書いたのが、レオン=ポール・ファルグという風変わりな詩人なのだが、彼の詩は意味やその詩の質感を損なわずに日本語に訳すことがほぼほぼ困難である。駄洒落や変形した言葉、曖昧なほのめかしや幼児語、音や言葉遊びで出来た詩である。しかも、その中には、一見して分からない卑猥さをはらんでいることが多い。このタイトルの中に潜んでいる「カエル」は娼婦の隠語でもある。捉え方は自由であるが、それを表現してはいけない。ただ真理として、そこに存在するだけである。

「脂肪の揺れる音」をサティが意図して書いたのかはっきりわからないが、他の作曲家は書かなかった、実生活に存在する音がそこにはある。

「脂肪の揺れる音」なんてみっともない、と思う方もおられるだろうが、一般に人が美しい、醜いと決めつけているものって、本当にそうなのか?と私は問いかけたい。

「揺れる脂肪」は社会に存在するけれど、だれもが追い求める「完璧な体の形」は存在しない。

実生活を捨てて、ないものを追い求めなくてもよくないですか?もっと「揺れる脂肪」の存在を楽しみましょう!

下層音楽家非同盟 いずみ

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