
皆さんは、角田忠信さんという人をご存じだろうか。耳鼻科の医者であり、脳卒中などで左脳が傷ついたことによって起こる、難聴、失語症などの言語障害について長年研究されてきた学者さんである。
「いかに若いころに脳の知識をたくわえてあっても、ある時突然に血管がバッと破れてしまうと、以後言葉が失われてしまうために知的活動が一切できなくなってしまう」
一桁の足し算もできなくなってしまう人の状況を目の当たりにして、どうにかならないかと考え角田氏の研究がスタートした。まず、角田氏は、脳が半分やられてしまうことで言語能力を失われるのは、言葉の機能が片方に偏っているからで、子どものうちから訓練すれば両方の脳に機能を分配できないかと考えた。
しかし、病気になった人を診断するには、正常な人の言語処理がどのようになっているのか明らかでなければ進めることができないが、そもそも正常な人の言語処理自体が明らかになっていなかったため、まずは正常者の脳と聴こえ、言語について研究することとなったそう。
私が、この角田氏の研究の非常に面白いと思ったことは、日本人の音の処理が、他言語を扱う人間と大きく異なるところである。一般に、計算や言語などの意識的に学ぶ活動は左脳(優位脳)で処理され、情動や音楽は右脳(劣位脳)で処理されると言われている。音楽にもいろんな種類があり、音と言語の混ざった歌は左脳が優位になって処理してくれるのは世界共通である。そして、ボカリーズ(母音のみの歌)は右脳で処理されると考えられてきた。西欧人は実際にそうである。
しかし、日本人という民族だけはボカリーズを左脳優位で処理する。というより、ハミング、笑い声、動物や虫の鳴き声、口から発される音は言語脳である左脳で処理される。西欧人が右脳で処理する情動音、雑音が左脳で処理されるのだ。この原因として、大きく二つ考えられる。
① 母音のみで意味を成す単語が他言語に比べて圧倒的に多いから(音節が言葉の基本単位となって、母音は劣位脳で処理している西欧人と比較して、日本人は母音と子音を等価の言語音として言語半球で処理している→母音と子音が一体型になっている数少ない言語だからなのか?)
② 日本の音楽は古代から声楽曲が多く楽器も肉声に近づける努力がなされ、反対に西欧の歌唱法は肉声を楽器に近づけようとしていると言われているから(歌のメロディの母音を引き伸ばし器楽的に聴かせようとする西欧の歌い方と、日本人のように言語音として聴かせる歌い方の違い)
ここから見えてくることが、日本人のボカリーズ(発声)が西欧の歌手とどこか違うのは、違う脳みその部位で処理されているからではないか。
日本人は、西欧の器楽音(ヴァイオリンやフルートを含む木管楽器など)や電子音は右脳で処理する。
しかし、風や雨の音などの自然音や物音は言語を扱う左脳で処理され、さらに日本人が古来親しんできた楽器である尺八、琵琶、篠笛、笙なども言語をつかさどる左脳優位で音を聴き、処理しているというのには驚いた。
昔、お琴のレッスンを受けた際に、奏法になぜか言葉が付けられ覚えさせられた記憶があるが、琴も器楽というよりは、楽器で「語る」といった感覚が私には強く残ったのを思い出した。
そして、擬音語が多いこと、形容詞が少なく副詞的な表現が多いのは、もしかすると音楽表現においても副詞的なのが日本人の特徴と言えるのではないかと角田氏は言う。
そして、これは遺伝ではなく、10歳までに扱う言語によって決定されるため、日本語を母国語にする人は日本教徒(笑)に属し、日本人独特の特徴である、非論理性、情緒性、自然性いう文化の思考を持つことになるのである。計算や言語という理性的なことを処理する部分で、情動音や西洋人が雑音と感じる音を聞いているのだ。
日本語を扱う私たちは、脳みその使い方として音と言葉が言語脳(左脳)で出会うため、楽器の音と言葉と声、虫の音とか鳥の鳴き声がぴったり合う、すごい言語を扱っているのかもしれない。日本人のコンサートホールでの異常なマナー(咳もしちゃいけない空気感)も、右脳で聴いている西欧楽器の音のなかに、少しでも物音が入ると左脳優位に移行するため、音を処理できなくなるからなのか。
私は、日本人の身体性についても勉強していますが、この角田さんの本は非常に面白かったです。音楽、特に声楽を学ぶ人におすすめの本です。
下層音楽家非同盟 いずみ