身体の記憶

私の身体は、特に、首周りの筋肉は全然言うことを聞いてくれない。

歌い手としては、結構大変だ。
歌い手として、諦めてもいいくらいのレベルの扱いにくさだと思う。
毎朝、丁寧に20〜30分身体をほぐしてから、鏡と向き合い、正面から自分と対峙して、歪みが生じているところを気にかけながら声の出し方を見てあげないと、うまく声が出ない。そのまま歌ってしまうと喉が潰れるのだ。

何でこうなっているのか、なぜこんなに扱いにくいのか、不思議でしょうがなかった。

他の人は、発声なんかしなくても声が出る。一流のいい声が。

私は、いつも人の3倍体に気遣っていないと成果が出なかった。

3倍って、本当に、なかなかのものだ。

この扱いにくい私の身体の謎が、今から2年前に、明らかになった。
藝大で出会った師匠のおかげだ。

師匠は、聞こえてくる声と、声を出している状態の身体を見れば、どこに問題があるのか、分かる。
特殊能力としか言えない能力を持っているのだ。

その師匠に変わって、初めてのレッスンの時に言われた言葉が

「右と左の首の筋肉の使い方が全然違っている。どうしてかしら。右側ばかりににエラーが見える。」

と言われた。

私は「?」と思っていたが、当時通っていた整体師にこのことを話したところ、

「あれー?なんか鎖骨の形が全然違うよ?鎖骨折ったことある?」

と言われた。

ずっと忘れていたのだが、確かに6歳の頃に右の鎖骨を折って病院に夜な夜な運ばれたことがあった。

原因は、布団を積み上げて、コロコロと転げ落ちる遊びを、飽きもせず夜な夜な一人でずっとやっていたからだ。

本当にアホな子供だ。

この骨折はなかなか治らず、半年間くらい右腕を吊って過ごしていた。小学校1年生、遊びたい盛りの年なのに、体育の授業も受けられなかった。

まさか、この骨折?と思い師匠に話したところ、きっとそうだとおっしゃった。

身体は、いろんなことを覚えているらしい。治るのに大変だった部分や、手術した部分、頭を打って意識不明になったことなど、本人が忘れていても、身体の記憶として残っていて、気にかけてあげないと、拗ねたり、言うことを聞かなくなるのだそうだ。

私の折れた鎖骨側は肩が下がっていて首も少し左側に傾いている。
6歳の頃の半年間吊っていて使えなかった右側。
未だ右が伸びて使えなくなっていることにより、左側の首周りの筋肉がいつも収縮した状態になっていて疲れている。

生まれつき首周りが細く長いため、筋肉も薄くしかついていないようだ。
首周りの歌う筋肉は歌うことでしか鍛えることはできない。
私の場合は、うまくバランスを取ることだけに集中することだけだ。

完全に骨折したことを私は忘れていたのだが、この鎖骨は、常に、私へ訴えかけてきていたのだった。

喉の不調が続いた時、声帯の動きをよむスペシャリストである三枝英人先生に診察していただいた時も、右の声帯と左の声帯の動きにタイムラグがあると指摘された。
その時は、喉奥の筋肉や頬の筋肉をほぐしてもらい、マウスピースを15分ほど付けたことにより、タイムラグがなくなった。

こんなふうに、声帯をよめる先生はいない。
三枝先生は東京藝大の音声学の先生で、私はこの授業で本当に多くのことを学んだ。(また、このことについてはブログで書いて行きたいと思っている。)

やはり、ケアさえすれば、大変でもしっかりと身体は動くのだ。

クラシック歌手のすごいところは、マイクを使わずに何千人も入るホール全体に声を響かせ、オーケストラと一緒に鳴っていても聞こえるところだ。

マイクがあるから、そんなことしなくてもいいじゃんと思う方も多いかもしれないが、生の声が自分まで届く、その優しさや、癒しは、それでしか得られない。細胞レベルで伝わるものがある。

クラシック歌手のやっていることは、アスリートと同じことだと私は思う。身体全部を使わないと、あんなに大きくいい声は出ない。

喉だけ大切にしていれば歌えると思っている方がいるが、それは、大間違いなのだ。

歌う仕事がない時でも、毎日自分と向き合う作業を怠ってはいけない。
いざ、歌うときに、いい状態をいつもキープしておかなければならない。

スポーツと違って、一番、脂の乗ったいい時期は30後半から40代だ。

その後も、努力次第でいつまでも歌い続けられる。

私は、今日も自分の身体と向き合う。

それが、私の仕事だ。

下層音楽家非同盟 いずみ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA