美容室といちご

今日は、無理を言ってねじこんでもらった美容室に行ってきた。
昨日、たまたま美容室のお兄さんに予約の連絡を入れた後すぐに、ばったり会って予約を確定してもらったのだ。

前髪をもっと短くしてもらいたかった。
先日も同じ美容室へカットに行ったのに、長さがどうも扱いにくく、どうすればいいのか分からなかったためだ。
ただのわがままだ。
でも、このわがままはしょうがないだろう。

そして、ついでにくせ毛を真っ直ぐにしてもらった。縮毛矯正というやつだ。

この美容室に行くのは、今日が4回目。
こんなに同じ美容室に通い続けたことは、ほぼない。

私は美容室嫌いなのだ。

美容室が嫌いな理由はいろいろある。

美容室に行くとなると、3か月に一回くらいの絶妙なペースで会わなければならなくて、接する距離も近い。一生懸命話をして少し距離が縮まったとしても、次行く頃にはなまじ前に少し話して距離感が近くなっていた分、余計に気まずい。距離感をお互いに探り合うところからスタートしなければいけないのが苦痛なのだ。

この苦痛と気まずさを味わいたくないがために、いつも美容室を転々としていた。

なぜこの美容室に継続して通えるのか?

それは、なんかフェアだなぁと思うから。

本来は猫のような性格なのに仕事の時はその性格を矯正し、一生懸命お客さんに合わせてくれる、優しいお兄さんが一人で切り盛りしている美容室というところにポイントがある(猫というのは想像だが、十中八九、お兄さんは気まぐれ屋さんの猫体質だと思う)。

つまり、あのおしゃれな美容師軍団の作り上げている雰囲気の中に、ひとり飛び込んでいき、頭にサランラップを巻いたあられもない姿をさらすという、アウェーな状況でないということが、私にとっては非常に大きいのだ。

ひとつの空間に1対1だ。あられもない姿にする人と、あられもない姿にされる人だけしかいない。
これは、例えて言うと、画家とキャンバスの関係性だ。
表現者と芸術品。
それ以外は、いらない。集中して作業するのに邪魔なだけだ。

いつもお兄さんの仕事は芸術家ばりに丁寧だ。

そんなお兄さんに一度、本番前のヘアセットをお願いしていたのに、もう本番前のあれやこれやでバタバタしすぎて行けなくなり、すっぽかしてしまったことがあった。
申し訳ないと平謝りを重ねながら、日々を生き続けている恥ずかしい私である。

その時の後ろめたさを感じながらも、猫のようにお兄さんは絶妙な距離感で接してくれるからこそ、通い続けられているのだが、そのすっぽかしの件は、さすがに申し訳なく思い続けていた。

だから、昨日お気に入りのカフェで買った焼き菓子カヌレとガトーショコラを、猫のお兄さんに渡そうと、「いつもわがままばかりすみません。これからもよろしくお願いします。」というメッセージカードまで書いて準備していた。

だが、そのカヌレをわたしは食べてしまった。

理由は、前の日に買って食べたのがおいしかったから。

今日の朝起きてから、ずっとカヌレのことばかり考えて過ごしていたが、とうとう我慢できなくなって予約の2時間前に食べてしまったのだ。

カヌレが売っているお気に入りのお店は日曜休みだ。もう買えない。

いっそのことと、ガトーショコラも食べてしまった。

…おいしかった。

大人版マシュマロテストをやったら、きっと私は不合格だろう。

だが、おいしさを味わった後に、また、猫兄さんを裏切ってしまったという、とんでもない罪悪感がわいてきた。

「どうしよう…」

とりあえず、残ったメッセージカードを捨てて、スーパーへ行ってみた。

スーパーには気の利いたものがなかった。

わたしは、いちごが好きで、いちごの嫌いな人はいないと思っている。

いちごを2パック買った。

この罪悪感を拭うために、いちごを渡すしかないと思った。2パックは一人暮らしのお兄さんにはきついからと思い、1パックにすることにした。

いちごを風呂敷で包み、バッグにこっそり忍ばせて美容室へ行った。

だが、行って思ったことは、今日のねじ込みは猫のお兄さんに申し訳なかったなということだった。
聞くと、今日、猫兄さんは朝の8時半から働いていたらしい。

私の髪の毛は剛毛なのだ。硬い、太い、多い。三重苦だ。縮毛するには時間がかかってしまう。
2時間の予定が3時間になってしまった。

夜の9時過ぎまで働かせてしまった。13時間労働だ…。

猫のお兄さんは、疲れていたのだろう。映画を見るよう勧めてくれた。

私は、巷で話題になっている『梨泰院クラス』というドラマを見ることにした。
お兄さんは何回も見たそうで、ドライブの時は梨泰院のBGMなのだそうだ。


わたしは、猫兄さんのために買ったおいしいおいしいカヌレを食べてしまった罪悪感と、バッグの中にあるいちごを気にしながら、梨泰院クラスを見た。このドラマの大ファンである猫兄さんが、わたしの梨泰院への反応を見ていると思うと、全くドラマにのめりこんで見ることが出来なかったが、非常に面白い、胸が熱くなる内容のドラマだということが分かった。

「梨泰院クラス」だから、学園ものかと思っていたが、全然違った。

スンドゥブが食べたくなった。

わたしは途中で集中が切れてしまっていが、お兄さんはもっと疲れていただろう。

だが、最後まで丁寧に仕事をしてくださり、梨泰院クラスの解説までしてくださった。

全てが終わり、お会計を済ませてから、おもむろにもじもじといちごをとり出し猫兄さんに渡した。

猫兄さんのために買ったカヌレを自分で全部食べたことなんて、恥ずかしすぎて言えなかった。

やっと自分の口から絞り出せた言葉が、「安かったから!」だった。

猫兄さんはいちごを見て、猫のようにきょとんとしていた。

下層音楽家非同盟 いずみ

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